令和8年度 盂蘭盆会4座開催されました
本日、千葉東霊苑香華院本堂にて、盂蘭盆会(うらぼんえ)合同供養会を午前2回、午後2回と無事執り行うことができました。
台風が関東地方に接近する中、二百数十名という多くの皆様にご参加を賜りました。ご参列いただいた皆様、そして当日ご参加できず供養をご依頼された多くの皆様の、大切な故人様の安らかなるご冥福を、御仏に至心にお祈りいたしました。
毎年大切に行われるお盆供養は、正式には「盂蘭盆会」といいます。
大乗仏教経典に『仏説盂蘭盆経』という経典がございます。そこに説かれている教えを要約いたしますと、次のような物語になります。
目連尊者(もくれんそんじゃ)の亡き母は、我が子を愛するあまりに強欲な行いを重ねてしまった結果、死後に『餓鬼道』へと落ち、倒懸(逆さ吊り)の苦しみを受けておりました。お釈迦様のお弟子の中で「神通第一」と言われた目連尊者は、その神通力で母に食事を届けようとしましたが、食べ物が母の口に入る寸前で燃え上がってしまいました。
その苦しみにあえぐ母の姿を前に、「自身を育ててくれた乳哺(にゅうほ)のご恩を尽くし、なんとしても母を救いたい」と困り果てた目連尊者は、お釈迦様のご教示に従い、仏・法・僧の三宝を敬い供物を捧げ、衆僧供養の斎会(さいえ)を催して心を込めた盛大な供養を行ったところ、その威神力により亡き母は餓鬼道の苦から逃れ、天道に生じて苦しみから脱したのです。
そして目連尊者は感涙し、お釈迦様に「未来の一切の仏弟子が、七世父母(自分から見て7代前の親やご先祖)を供養することや、存命の父母にも孝養と慈しみの心を尽くして盂蘭盆会を行うこと」を申し出ました。お釈迦様も、慈愛の心を込めて御恩に報ずることをお勧めになりました。
日本における盂蘭盆会は、推古天皇14年(606年)に斎会があり、斉明天皇3年(657年)には飛鳥寺で盂蘭盆会を修したという記録がございます。これが恒例となったのは、聖武天皇の御代である天平5年(733年)と伝えられます。
盂蘭盆会を通して、御仏に心を込めて祈り、ご先祖様や大切な故人様の菩提を念じて供養すること。そして、慈愛の心を涵養し、今いる大切な家族との絆を深め、神仏に感謝報恩を尽くして、与えられし人生を大切に歩んでまいりたいものです。
南無帰依仏・南無帰依法・南無帰依僧。帰依三宝





















